第4回「版画の技法2」

凹版技法

銅版(腐蝕法)
エッチング/アクアチント/ソフトグランド・エッチング/フォトエッチング

銅版(直刻法)
エングレーヴィング/ドライポイント/メゾチント

ポリマー凹版(非腐蝕法)

凹版技法は金属板に凹部分を作り、油性インクを版全体に塗布した後、表面の(凸部)のインクを布で拭き取って除去し、プレス機で凹部に残ったインクを転写する方法です。インタリオ(intaglio イタリア語)と総称され、銅版画が代表的です。ヨーロッパでは一番用いられた方法で、その歴史は500年以上遡ります。インクがわずかに盛り上がった状態で紙面に定着し、プレス機の圧力で紙に版の痕が残るのが特徴的です。
版面に凹部を作る手法は、酸を用いる腐蝕法と尖った刃物で物理的に彫る直刻法の2通りに分類されます。

という事を、わかりやすい様に図解してみましょう。

printmaking_tech

Rembrandt
レンブラント The three trees(1643)
etching, with drypoint and engraving on laid paper
by The Library of Congress, on Flickr

腐蝕法の代表的な技法がエッチング(etching)です。グランドという耐酸性の溶液を塗って乾燥させた銅板の上を鉄筆などで引っかくように線を描きます。これを希硝酸や塩化第二鉄の溶液に浸すと、削られた線の部分だけ銅が露出して腐蝕され、線状のくぼみとなり版ができあがります。描画にはエングレーヴィングやドライポイントほど力がいらないため、ペン画のように自由な線の表現が可能であり、腐蝕させる時間の長さによっても線にさまざまな表現が生まれるのが特徴です。17世紀レンブラント(1606-1669)によるエッチングや複合技法による銅版画がよく知られています。

William Behnken
William Behnken – Of Land and Sea (aquatint)
from Across the Waters exhibition

アクアチント(aquatint)は柔らかいハーフートーンの調子をだすための面の表現方法に優れた腐蝕銅版画法で、水彩画のようににじみやぼかしの調子がえられるため、アクア(水)チント(淡彩)と呼ばれます。アクアチントは大抵エッチングで線を腐蝕したあとに行います。まず、不要な部分を黒いニスで止めておき、松脂の細かい粉末を布に包んで振りかけたり、版を箱の中に置いて粉をその中で舞い上がらせたりして銅板に散布します。版をあたためると溶けた松脂が定着し、グランド(防蝕剤)を塗ってもその部分はグランドが付着せず、硝酸に浸すと松脂はとけてその部分だけ腐蝕されて砂目のついたような画が作られます。グランドで覆う部分や腐蝕時間を変えながら行程を繰り返す事で画にグラデーションを作ることができ、画の濃淡の表現に優れています。

Merle Perlmutter November
Merle Perlmutter – November (Soft-ground Mezzotint)
from Across the Waters exhibition

ソフトグランド・エッチング(soft-ground etching)はクレヨンや鉛筆での線描の効果を感じさせる腐蝕銅版技法として知られています。乾いても固まらない、文字通り柔らかい防蝕剤(ソフトグランド)を塗った銅版面を使います。版上に紙をのせて上から鉛筆などで線を描くと、その部分のグランドが紙に付いて剥離し銅板が露出します。その部分だけを腐蝕するので、微妙な強弱のある線の効果が得られます。また木の葉やレースを押し付けて取り除くと、その部分のグランドが剥がれるので、それを腐蝕することにより物の形をそのまま版に残す事もできます。

フォトエッチング(photo-etching)は「フォト・エングレーヴィング」とか「フォトグラビュール」などとも呼ばれ、写真製版により図像を銅版の上に焼き付けて印刷する方法です。感光乳剤を塗布した銅板に写真フィルムを密着させて光をあてると、露光部分の乳剤は硬くなり、耐酸性となり腐蝕されません。連続した微妙な階調を忠実に刷る事が出来ます。

一方直刻法のうち、エングレーヴィング(engraving)は、ビュランという先端が菱形か四角の鋭利な彫刻刀を用い、よく磨いた金属面に直接刻線をつくるものです。ビュランの丸い木の柄を掌で包み込む様にして持ち、刃を立てずに版との角度を小さく、前に押しだすように動かすテクニックで熟練を要します。ビュランによる画刻は他の技法に比べて溝が深く、ドライポイントで生じるような縁のまくれや、エッチングのような腐蝕によるくずれもないので、非常に精密でシャープな線描により強い調子がだせます。版材は彫刻に適した硬度と柔軟さを持つ銅板が最も多く使われます。欧州の金銀細工師が金属器の表面に施す装飾を記録に残したいという思いから始まり、15世紀前半には版画技法として確立されました。

Larry-Welo-Woodrow
Larry Welo – Woodrow(etching, drypoint)
from Across the Waters exhibition

ドライポイント(drypoint)は、先端が鋭く尖ったニードルや刀で直接銅版に刻画します。そのとき押し付けられた刻材が、刻線の片側または両側にささくれの様にまくれあがります。このまくれはバー(burr)と呼ばれ、ここに残ったインクが印刷されると描線に独特のにじみができます。エングレーヴィングに見られる硬質の線とは対照的な、情感のある柔らかい線の表現が得られます。しかしまくれの部分には耐久性がなく、20-30
枚の刷りが限度なので数多くするときにはメッキによって版を強くしてから刷るのが普通です。一般的にエッチングの補助的な技法とされています。

Jayne-Reid-Jackson-Protuberance
Jayne Reid Jackson – Protuberance(Mezzotint)
from Across the Waters exhibition

メゾチント(mezzotint)の技法では、ベルソー(ロッカー)という、先端に櫛目状の刃の付いた道具を左右に揺らす様に動かしながら銅版面全体に精緻な目立てをします(ベルソーはフランス語で berceau ゆりかご)。この段階では、版の表面は整然と密集した小さなささくれでおおわれており、そのまま刷ればビロードの様な質感をもった黒い面ができます。メゾチントではささくれの深さ、密度で黒からグレーの階調がきまるので、図柄を描く時にはスクレーバー(削る道具)で不要なまくれを削り取ります。最も白くしたい箇所はインクがつかないようにスプーンの様な形をしたバニシャー(磨く道具)に油気を与えて磨きます。メゾチントの本来の意味は「半ばの色調」という意味ですがベルソーの動かし方によって黒い面にさまざまな表情がうまれるので、フランス語で「マニエール・ノワール(maniere noir)」「黒の技法」と呼ばれます。1642年オランダ士官ルードヴィヒ・フォン・シーゲン(1609-1680)が発明し、貴族の肖像画を制作したのが最初といわれています。この技法はイギリスに伝わり大流行しました。写真技術が発達して19世紀には殆ど使われなくなりましたが、20世紀になって長谷川潔(1891-1980)が現代版画の技法として復活させました。現代版画でモノクロームの世界であるメゾチントに色彩を導入したのが浜口陽三(1909-2000)です。彼は3原色の赤・青・黄に黒を加えた4版を使う方法を開発しました。

Hamaguchi Yozo, Rooftops of Paris, 1956, color mezzotint
浜口陽三, Rooftops of Paris, 1956, カラーメゾチント