第5回「版画の技法3」

平版技法

リトグラフ/ウォーターレス・リトグラフ/木版リトグラフ/オフセット・リトグラフ

脂肪膜が水をはじくという原理を利用して、凹凸のない平らな版画の油の部分にインクを付着させ、それを刷り取る方式です。

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リトグラフ(lithograph)は平版の代表的な技法です。リトはギリシャ語で「石」を意味し、ドイツのゾレンフォーヘンに産出する石灰石が最適とされており、もともと「石版画」と呼ばれました。今日では人造石灰石や金属の亜鉛、アルミを版材に用います。製版の原理は水と油の反発作用です。まず研磨により細かく砂目をたてた平らな版面に油性のチョークやクレヨン、解墨で直接図柄を描き、上から版全体にアラビアゴムと酸性化学薬品の溶液をかけます。化学作用によって描画部分は親油性に、他の部分は親水性になります。アラビアゴムが乾いた後、プリントクリーナーでクレヨンを落とすとイメージが白く現れます。版にスポンジで水をひくとアラビアゴム膜が落ち砂目は水を保ちます。ここに油性インクをつけたローラーを転がすと、親油性の描画部分にインクがのります。紙を置きその上にチンパンと呼ばれる当て板を乗せ、プレス機で刷ります。リトグラフのプレス機は銅版用のものとは異なり、約2cm幅の通常ウレタン製のスキージがチンパンの上を移動して加圧します。筆で描いた調子やクレヨンのタッチなど描いたままの再現性に優れた技法で、ヨーロッパではロートレック、シャガール、ピカソなどの画家たちがこの方法で盛んに作品を作っています。1798年にドイツ人劇作家のアロイス・ゼネフェルダ(1771-1834)が自分の戯曲を安価に印刷する方法として発明したものといわれています。19世紀中頃には多色石版画、続いて写真製版も登場しリトグラフは急速に発展しました。広告、出版、パンフレットなど印刷業界の手法であるオフセット印刷はこの原理を利用したものです。

ウォーターレス・リトグラフ(waterless lithograph)は「水」を使わない技法で、リトグラフが出現してから2世紀たって1990年にカナダ人のニック・スメノフが版画技法として実用化させました。リトグラフ用の目立てをほどこしたアルミ版に「水性」の色鉛筆などで描画します。その上に通常のリトグラフのアラビアゴムを塗布するかわりに、シリコンボンドを薄く均一に塗布して製版します。シリコンは油性描画剤をとかしますが、水性ははじき、乾燥すると絵柄のない部分がコーティングされます。シリコンボンドに付着しない専用のインクで描画部分のインク盛りをするので、湿し水によるインクの劣化や版壊れのトラブルが起こりにくいという利点があります。

1977年にはアルミ版以外にベニヤ版を使い、彫りの表現の併用も可能とした木版によるリトグラフ(woodblock/plywood lithograph)も考案されています。水がしみ込まない様に目止めをした専用のベニヤ板にクレヨンや解墨で描画するだけでなく、彫ったり、木目を出したりすることもできます。アラビアゴムを版面に塗り、乾燥させて製版が完了すると描画部分以外は親水性になります。湿す水の中に水性絵の具を混ぜれば油性インクとの併用もでき、両方の絵の具を同時に使用できる一版多色刷りも可能です。

オフセット・リトグラフ(offset lithograph)はリトグラフとオフセット印刷の原理をとりいれたものです。水と油の反発作用と利用して同一平面上に描画部と非描画部の両方を形成しますが、オフセット・リトグラフでは一度版面についたインクを円柱型のゴム版に転写し(off)それにインクをのせて用紙に刷り取る(set)方式で、版胴、ゴムブランケット、圧胴という3つの円筒が接触しながら回転してインクが移動する仕組みになっています。写真製版を用いた物がほとんどです。

孔版技法

スクリーンプリント(シルクスクリーンまたはセリグラフ)・ステンシル(合羽版)・ペーパースクリーン

孔版画は、紙や布、プラスチックの版の穴をあけたり、布目をふさいだりしてから、その「孔」を突き抜けてインクを版の上から下へ落として図案を刷り取る方法です。他の版画技法と異なり、図案が左右反転せず見たままで刷り撮れます。

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Masaaki Noda – Foretoken (Silkscreen)
from Across the Waters exhibition

シルクスクリーン(silkscreen)は孔版の代表的技法で、セリグラフともいわれます。四角形の枠(木やアルミ製)にメッシュ状の絹や合成繊維(ナイロンやテトロン)金属網をピンと張ってスクリーンとし、図柄以外の部分にインクが通らないように目止めをします。製版が終わると、スクリーンの上にインクをのせ、それをスキージという幅広のゴム製のへらを直角に立ててひきのばします。するおt、無数の網目を通して下に置かれた紙や布にインクが転写されます。基本的には一色ごとにこれを繰り返します。目止めをする方法は紙をきりぬいたものをスクリーンに貼付するカッティング法、筆で版に直接目止め剤を塗布するブロッキンング法、感光乳剤を使った写真製版の3通りがあります。均一で平版な色と厚みのあるインクが特徴です。

合羽版ステンシル(stencil)とも呼ばれます。金属や防水性のある素材に模様を切り抜いて紙や布の上に置き、上からインクを刷り込み、抜かれた孔の部分を染色する方法です。

Masao Ohba - やすらぎ
Masao Ohba – やすらぎ (ペーパースクリーン)

ペーパースクリーン(peperscreen)はシルクではなく、和紙の繊維を通す技法で、日本で生まれた技法です。防水加工済みの多孔膜の細かい網目をふせぐようにニスで描画したり、直接カッティングをして製版します。ガリ版を使った版を重ねたりして独特の奥行きを出したりもします。

その他の版画用語

シンコレ(shine colle)
刷りの過程で、刷りとる紙側に貼りつくようにニカワや糊をつけた薄い紙片を版上に置き、インクを盛ったイメージの刷りと同時に薄い紙片の色や繊維をとおして微妙な効果を写し取る方法。

エンボッシング(embossing)
凹凸のある金属版またはコラージュ版に湿らせた紙をあて、圧力をかけることにより、紙面に浮き彫りをつくる手法。浮き彫りは彩色せず残す事が多い。

金箔・銀箔(gold/silver leafing)
版画に金箔や銀箔を貼付ける方法で、他にプラチナ箔、金砂、銀砂、雲母砂なども使われます。

雁皮紙(gampi)
雁皮という落葉低木の繊維から作る手漉き和紙。光沢があって美しくきめが細かく、また湿気にも強く保存が効きます。

手彩色(hand-coloring)
刷り上げた版画に筆で色を加える方法。

ミクストメディア(mixed media)
一般的には様々な素材や技法の組み合わせで制作された作品のことをさしたり、またそのような作品の素材や技法の表記につかわれます。

せっかくだから版画のお話をしよう・全5回