第3回「版画の技法1」

版画には多様な技法がありますが、大きく分けて凸版・凹版・平版・孔版の4つの形式に分類されます。作家は自分の意図する表現を得るため、複数の技法を併用して作品を創作することもあります。出品作品とともに見て行きましょう。

凸版技法

木版(板目木版/小口木版)・リノカット・コラグラフ
図柄の面や線を残すように版材を彫り取り、残された版の凸部にインクをつけた後に紙をのせ、圧力をかけて刷り取る方法で、木版画が代表的です。
木版画は版画として最も古い歴史をもっています。日本では法隆寺に現存する百万塔陀羅尼の教典が8世紀につくられており、これが年代のあきらかな最古の木版の摺りものとしてしられています。木版は木材から版木を切り取る方法によって、板目木版と小口木版に分かれます。

Ellen Singer Downtown Autumn
Downtown Autumn
Ellen Singer
from Across the Waters exhibition

板目木版(Woodcut)は、木を縦方向に切り出した板を彫刻刀・きり・電気ドリルなどで彫り、水性や油性の絵の具を使って馬楝(ばれん)やローラー、プレス機で刷り上げます。木目がかすかに浮き出るのが特徴です。版木には桜、桂、ホウなどの広葉樹が固くて組織も一定しているので適しており、シナベニヤもよく使われます。

日本の伝統版画では、目印の「見当」を版木の角と脇に作り、これにあわせて和紙をおく事によってずれを防ぎます。通常「かぎ見当」は版の右下角「ひきつけ見当」はその同じ側で長さの3/4倍「かぎ見当」から離れたところに彫り込みます。「見当」は多色摺りには特に重要です。

浮世絵版画で伝わる日本独自の伝統手法として大事な摺り道具が馬楝(ばれん)です。版木の上に当てた和紙の上をこすって刷り取りますが、水性絵の具が和紙の繊維にしみこんで柔らかな風合いの作品に仕上がります。ばれんは12cmから15cmぐらいの大きさです。伝統的な作り方は、まず数十枚の和紙を特殊な糊で貼り合わせた物に紗などを貼り、さらに漆を縫った当皮という皿形のものを作ります。そのくぼみの中に、竹の皮を細く裂き、らせん状にあんだものを芯として詰めます。その全体を竹の皮で包んだ物が本ばれんといわれるものです。現在ではベアリングをつかったものや、プラスティック製の簡易ばれんもあります。

小口木版(Wood engraving)は、ヨーロッパで発達した木版画です。ツゲや椿など、年輪がしまって均質の密度をもつ堅い木を横に輪切りにして得られる木口を版材とします。ビュラン(burinフランス語で「彫る道具」の意)という鋭い鋼鉄の銅版画用の道具やノミなどを用い、精緻な線刻が可能です。インクは油性絵の具を使い、印刷には板目木版より強い圧力が必要です。一見銅版画のエングレーヴィングと見分けがつきにくいのですが、銅版エングレービングは溝の部分にインクを詰めるのに対し、小口木版は凸部にインクをローラーで塗っていきます。つまり白い線として画上にあらわれているのが彫り取られた部分です。18世紀にイギリスのトーマス・ビューイック(1755-1828)が考案したとされ、銅版画に匹敵するほど細密な描写が可能で版が丈夫なため、活版印刷の挿絵図版に多用されました。

The Cyclone–Coney Island
The Cyclone–Coney Island
Julie Nadel
from Across the Waters exhibition

リノカット(linocut)は、リノリウムといわれる床材などに使われる樹脂の板を用います。木版画と同じ方法で、先端に少しカーブのある彫刻刀で図像を彫り、油性の絵の具で刷り取る技法です。リノリウム版材は大きなサイズでも容易に入手でき、ゴム版のように柔らかくどの方向にも抵抗なく彫る事ができるので、躍動的な線や広い色面の表現に向いています。20世紀初頭より使われ始め、1938年にマティス(1869-1954)続いてピカソ(1881-1973)もこの技法をとりいれました。特に熱心に銅版画に取組んだピカソでしたが、1958年から本格的にリノカットに取り組み、1963年までに100点以上の作品を完成させています。

コラグラフ(collagraph)の語源はフランス語のコラージュ(collage)で「貼りつけ」を意味し、コラージュ・グラフィックを略した物です。版にはいろいろな素材を貼ったり、ボンドやニス、ジェッソとよばれる下地剤を塗って凹凸を作り、絵の具をのせて刷る版画です。ボール紙、ベニヤ、アクリル金属など様々な版材が可能ですし、貼付ける素材も厚紙、ひも、針金、木の葉、布など多様です。それらの上にインクを盛って刷る事で、形やマチエールがレリーフ状に現れ、素材のもつ物理的な力が表現される版画で、凹凸両方の表現が可能です。コラグラフだけで版画が制作される事はまれで、通常、他の技法との併用で使われます。